東京高等裁判所 昭和39年(ネ)608号 判決
一 本件建物につき控訴人主張のように、控訴人の占有を解き執行吏に保管を命じ、また本件建物の建設工事を禁止する旨の仮処分決定があつたことは当事者間に争いがない。そこで右仮処分決定につきこれを取消すべき特別事情の存否につき判断する。
二 本件仮処分決定は被控訴人が控訴人に対して賃貸していた本件建物の敷地を含む土地の賃貸借契約解除にもとづく本件建物を含む地上建物収去、土地明渡請求権を被保全権利としてなされたものであることは弁論の全趣旨に徴し明らかである。右のような場合地上建物の占有が仮処分債務者から他の第三者に移転されると仮処分債権者の土地明渡請求権の実現は不能または著しい困難を加えることとなりその損害は通常金銭賠償をもつて代えることをえないものと解せられる。
しかし、本件建物の建設工事の禁止を命じた部分については以下説示のとおりこれを取消すべき特別事情が認められる。
控訴人が被控訴人から控訴人主張のような土地九三、五二坪を賃借し、その地上にその主張のような二棟の建物を所有して旅館営業をしてきたこと、控訴人は本件仮処分決定の当時本件建物を建築中であつたことは当事者間に争いがなく、いずれも成立について争いのない甲第八号証、同第一一号証、乙第三号証の一ないし一〇、原審証人西宮伸治の証言により成立を認めうる甲第七号証、同第九号証の一、二、同第一三号証、原審における控訴人本人尋問の結果により成立を認めうる甲第一〇号証、同第一二号証の一、二、原審における右西宮証人の証言、控訴本人尋問の結果によれば、控訴人はかねて前記二棟の建物が老朽化し、投宿する旅客が減少していくのでこれを挽回すべく、総予算一〇三九二、二八三円をもつて右建物の一部を改造し木造鉄板葺二階建一棟建坪四七、五四坪外二階四〇、三七五坪の建築を計画し、昭和三八年九月二日右建築を申立外西宮伸治に依頼し、請負代金は畳、建具、水道、電気工事を含め六、七〇〇、〇〇〇円、完工引渡期日を昭和三八年一〇月三一日と約したこと、控訴人は前記総予算のうち五、〇〇〇、〇〇〇円は控訴人所有の他の不動産を売却してこれにあて、五、〇〇〇、〇〇〇円は昭和三八年一〇月二二日三菱銀行長原支店から利息日歩二銭四厘、元金は半年後から五〇、〇〇〇円あて利息とともに分割支払等の約で借受け、その余の金員も他から借用し、右西宮には昭和三八年九月二日二、〇〇〇、〇〇〇円、同年一〇月二日一、五〇〇、〇〇〇円を内入支払つたこと、本件仮処分決定が執行された同年一〇月二四日当時本件建物は外側はモルタルの下塗が終り、二階は窓硝子戸が入り、内部は床を張り、室内はベニヤを張り終り、天井は一、二階とも未了の程度であつたが、完工までには当初の予定どおり、後一週間位であつて、建具等もすでにあらかじめ注文手配されており、請負人は残金入手の都合等のため工事を急いでいたこと、控訴人は同年一一月一日から本件建物における営業開始を予定し、その場合の収入は月三七九、五〇〇円を見込んでいたが、一方一カ月の支出は、すでにあらかじめ右営業開始にそなえて増員していた雇人の給料、借入金の返済、生活費等現に二四七、五〇〇円を要しており、本件建物における営業不能の場合には、残余の従来からの古い建物では僅かな投宿客をうることができるにすぎず、控訴人としては経済的危機におちいるに至ることを認めることができ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
右認定のとおり、本件仮処分執行当時本件建物の工事は後一週間位で完工するまでに進捗していたのであるから、仮に控訴人が本件建物を完成し、控訴人においてこれを利用することを許したとしても、これによりこうむることあるべき被控訴人の損害は主として建物取りこわしに要する日時および費用の増大する点に存するにすぎず、従つて、右損害は金銭により償われうるものと解せられるのみならず、被控訴人の右の程度の損害に比し、控訴人において本件建物の完成、利用が許されない場合には前記認定のとおり、控訴人のうけるであろう経済的苦痛は著しく多大であるといわなければならない。
したがつて本件建物に関してはこれを取消すべき特別の事情があり本件建物の工事の続行はこれを許し、完成の上債務者に使用を許すのを相当とする。
(牧野 中川 藤田)